日常に息づく漆の繕い展のこと

展示が終わってからも次々と作業が重なり、今回の繕いをご依頼くださった方々へお渡しをしたり、5月のべにや民藝店さんでの在廊もあったりと、なかなか記録を残す間がありませんでしたが、ようやく画像を見返す時間がとれました。次の機会へとつながるよう、今回の展示を振り返っておきたいと思います。

メインビジュアルとサブビジュアルの2種のポスターには、山鳥の金継ぎの考え方も映し出せたらと願い、料理家で写真家の長尾明子さんに撮影していただいた美しい写真を用いて準備しました。
展示開催が決まったのは昨年のことでしたが、家族の事情により当初の予定を変更していただくこととなり、ニノンさんには大変ご心配をおかけしました。しかしその延期によって、これまで修繕したうつわをご覧いただける機会が、ちょうど桜の舞う心地よい季節と重なり、想像以上に多くの方に手に取っていただくことができました。自身の仕事にとっても、大きな刺激となる経験でした。
金継ぎを仕事として始めてから10年以上が経ちますが、個人の仕事をひとつにまとめて、開かれた場でご覧いただくのは今回が初めてのことでしたから、何から手をつけてよいか分からず、不安ばかりが先に立っていたのも正直なところです。
まずは、「自分の繕いとは何か」ということを深く見つめ直し(ときにAIの力も借りながら)、これまで積み重ねてきた金継ぎの仕事を、あらためて言葉にして外へ出すことから始めました。
「金継ぎに込めた思い」(作品展パネルより)
うつわ継ぎ山鳥の金継ぎは、華やかさを求めず、暮らしに馴染む実用の美を大切にしています。
器の傷や欠けに向き合うとき、求めるのは「もとの佇まいを損なわず、再び日常で使えること」です。
一見平凡に見える日常こそ自分の仕事の場であり、使われてきた器の状態や表情を観察しながら、必要な手を必要な分だけ加えていくことは仕事を為すことに通じます。
新品のような見た目に戻すことよりも、使い込まれた中にある質感や色あいを活かすこと。
色褪せや擦れといった経年の痕跡を、価値として受け止める目を持つこと。
それが、うつわを長く使い続けるうえで欠かせない姿勢だと考えています。
どこを補い、どこに手を加えないか。
その判断には、いつも「自分なりの美意識の活かしどころ」があります。
作為に寄らず、器本来の魅力が自然に立ち上がるような修繕を目指しています。
作品展というと、繕いのものを多く並べるイメージがありましたが、今回は普段の生活で実践していることを見ていただく展示にしてみようと決めたことで、自分なりの展示の輪郭が見えてきたように思います。
作品展を機に、以前から作ってみたかった自分のリーフレットもようやく形にすることができました。デザインは花と古道具urikke さんから紹介していただいたデザイナーの森山あずささんにお願いしたところ、素敵なロゴと共に素晴らしい仕上がりで、力強く背中を押していただいたような心持ちになったことを思い出します。

そしていよいよ初日


当日は穏やかに晴れ、搬入を終えたあと、近くの花屋さんに飛び込みました。桜の枝は小鹿田焼のピッチャーに、繕った器にあったなずな柄と同じ西洋ぺんぺん草と、整理したひと枝は、口をすべて復活させた古い壺屋の油壺に生けました。

オーナーからの依頼品。フランスの可愛らしいデザインの華奢な持ち手を補強したカップも展示しました。

展示物には番号と解説を添え、修理方法や入手に至った経緯などを記すことで、実際に「直して使う」姿をそのままご覧いただける展示としました。漆仕上げの良さも、こうしたかたちを通して伝わったのではないかと思います。

Atelier Ninonさんは海外からの観光客が大勢訪れる場所にあり、KINTSUGIブームで手にとっていただけるのでは、とアルファベットバージョンも作成しました。
なんと「おにぎり屋さん」と間違えた旅行者が方がおられたとのこと。長尾さんのおにぎりが力を発揮しました。
また会期の後半には、明治期の器の小さな欠けに漆を塗り、真鍮粉を蒔いて仕上げるという、気軽に体験できるワークショップを試みました。

このワークショップは、完全な修繕を目的とするものではなく、漆を使った「日常に寄り添う繕い」の入り口として体験していただくことを趣旨としています。
骨董に触れながら器を直すという行為の背景や意味を、じっくりと味わっていただけるよう構成し、漆に初めて触れる方を主な対象としました。
座学が中心の構成となりましたが、漆のもっとも大きなリスクである「かぶれ」が生じないよう手順を工夫し、特に問題もなく進行できたことで、ひとまず安堵しています。
ご参加くださった皆さまからは、「これまで漆は敷居が高く、自分には難しいと思っていたが、大変楽しかった」「漆に対する見方が変わった。まさに目から鱗だった」など、たいへんありがたいご感想をいただき、私にとっても大きな励みとなりました。
漆の修繕は、ある程度の時間を要するため、こうしたワークショップには制限があるのも事実ですが、それでも少しでも漆を身近に感じていただけるような内容を、今後も工夫していきたいと思います。
企画にお申し込みくださった皆さま、あらためましてご参加ありがとうございました。

今回の展示に向けて、自宅教室の部屋でシミュレーションを行った際の画像です。展示スペースとテーブルの大きさがほとんど同じだったため、事前にイメージを具体的に組み立てることができたのは幸いでした。
それでも、お店と家ではやはり環境の違いもあり、果たして受け入れてもらえるのかどうか、不安が増してしまったというのが正直なところです。
作品展用に出品した器は、すべて中国や韓国、日本の古いものですが、日常に使いやすい江戸末から明治期のものを中心としました。写真上の右側の器たちは、すべて金丸粉3号に1号を打ち込み、磨き仕上げをしています。

こちらはそのうちの一つで、「のぞき」と呼ばれる杯かと思われます。口縁の削げと欠けを埋め、そこから伸びるニュウには下地に地の粉を蒔いてやや高上げし、金を蒔いて仕上げました。金を蒔く際には、下地がしっかりと硬くなるように調整すると、金属を磨いたときに美しく整うように思います。
金の高騰もあり、講座では本金での仕上げをする機会が減っていますが、本金の美しさには見入ってしまうものがあります。手を動かしながらその魅力をあらためて感じました。できるだけ楽しんでいただけるよう修繕費を抑えてご提供した甲斐もあり、今回用意した金の繕いはすべて行き先が決まりました。それぞれの食卓で、また活躍の機会があることを願っています。

今回、うつわ継ぎ山鳥として今できることを丁寧に準備することができたのは、ここまで一つひとつ支えてくださった、Atelier Ninonのオーナー様並びにスタッフの皆様の多大なるご支援のおかげです。初日、入口に飾られていたアレンジメントで温かく迎えていただき、大変感激いたしました。今後とも末長くご縁が続きますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。
漆による修繕の仕事は、生活の足元を支え、豊かな文化を育む営みであると、これまで続けてきたなかで実感しています。
今回の作品展が、漆の修繕を知っていただくきっかけとなれば、何より嬉しいことです。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。